日本のうたごえ実行委員会
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日本のうたごえ実行委員会(にほんのうたごえじっこういいんかい)は、1955年から1973年まで、日本のうたごえ運動を統一的に推進するために存在した中央組織である。
概要
日本のうたごえ実行委員会の構成団体は、中央合唱団、全国合唱団会議、音楽センター、地方ごとのうたごえ運動組織・協議会、産別のうたごえ協議会、全国各地の中心合唱団(センター合唱団)であった。毎年1回、日本のうたごえ祭典を企画実行する機関として、名称を「実行委員会」と定めた。東京都新宿の音楽センターを拠点とし、1955年に常設化された当初より、中央合唱団の創始者・団長である関鑑子が委員長を務めた[1]。1973年5月、関の死去に際して後継の委員長は選出されず、同年8月の規約改正で、創設以来の活動方針と実践内容が抜本的に見直された。組織名称も「日本のうたごえ全国協議会」と改められ、「日本のうたごえ実行委員会」は事実上、解散した。
沿革

- 1952年12月21日、中央合唱団創立4周年記念音楽会を日比谷公会堂で実施。この催しを「1952年日本のうたごえ」と題したことが、「日本のうたごえ祭典」の名称の由来になったとの説がある[2],[3]。
- 1953年11月29日、「1953年日本のうたごえ祭典」を日比谷公会堂・神田共立講堂で開催[4]。
- 1954年11月27日、「1954年日本のうたごえ祭典」を神田共立講堂・東京体育館で開催[5]。
- 1955年2月13日、「日本のうたごえ実行委員会」が常設の組織として発足。関鑑子が実行委員長に選出された[6]。
- 1955年4月7日、日本のうたごえ実行委員会編「うたごえ新聞」第1号発刊[7],[8]。
- 1955年11月26日、「1955年日本のうたごえ祭典」を両国国際スタジアムで開催[4]
- 1960年5月、日本のうたごえ実行委員会、「われわれは新安保条約に反対する」との声明を発表[9]。日米安全保障条約改定案の衆議院本会議での可決(同年5月20日)に対して。
- 1971年4月、日本のうたごえ実行委員会理論誌「季刊日本のうたごえ」第1号発刊[10]。
- 1973年5月2日、日本のうたごえ実行委員会委員長の関鑑子が死去。
- 1973年8月26日、第6回日本のうたごえ実行委員会総会において、「日本のうたごえ実行委員会」を「日本のうたごえ全国協議会」に改組する規約改正案を採択[11]。
日本のうたごえ実行委員会の規約
1956年規約(要点)
日本のうたごえ実行委員会の二つの目的
- (1)平和で健康な音楽を国民のものにする。
- (2)日本の民族的な音楽を掘り起こし、国民音楽の創造と普及につとめる。
日本のうたごえ実行委員会の構成員
- (1)実行委員会は、実行委員長のもとに統率される。
- (2)実行委員会の構成員は、全国合唱団会議の代表、各産別うたごえ協議会の代表、各地域別うたごえ協議会の代表、音楽センター代表、うたごえ運動の活動家、音楽専門家である。
目的実現のための運動
- (1)うたごえを広め、全国民に愛されるものにすること。
- (2)新たな楽曲を創作し、日本各地の民謡を掘り起こす。
- (3)異なる地域、産別、階層の交流を盛んに行い、各々のうたごえ協議会を組織し、運動全体の統一を図る。
- (4)あらゆる音楽組織、音楽家との友好を深め、うたごえ運動に参加してもらう。
- (5)平和のうたごえを交流を国際的に強め、国際文化団体、民主団体との交流を積極的に行う。
実行委員会は「うたごえ新聞」を発行する。実行委員会の事務局は、東京新宿の音楽センター内に置く[12]。
- (1)平和で健康な音楽を国民のものにする。
1968年規約(要点)
日本のうたごえ実行委員会の二つの目的
- [1956年規約に同じ]
目的実現のための活動
- 1.「一人が一人を」を合言葉に、みんなうたう会を基礎として、うたごえの組織をつくり、全国民にうたごえを広める。
- 2.労働者をはじめ、国民大衆を主人公に、国民の生活・感情・要求と、それを実現するための闘いと結びついて、次のように運動をすすめる。
- (イ)大衆の生活と闘いを創造の源泉とし、演奏・教育・創作活動を発展させる。
- (ロ)日本の民族的な音楽のすぐれた伝統をうけつぎ、発展させる。
- (ハ)諸国民のすぐれた音楽の成果にまなび、日本国民のものとする。
- (イ)大衆の生活と闘いを創造の源泉とし、演奏・教育・創作活動を発展させる。
- 3.各産業・地域・階層のうたごえの交流をさかんにして、毎年一回、日本のうたごえ祭典をひらく。
- 4.ひろく音楽団体、音楽家および民主団体と、共同の課題にもとずいて、協力・提携する。
- 5.世界の平和と諸国民の友好のための国際的音楽交流と連帯活動をおこなう。
- 6.機関紙「うたごえ新聞」を発行する。
組織
- 1.実行委員会は、目的に賛成し、規約をみとめる団体によって構成される。
- 2.団体は、産別全国うたごえ組織・階層別全国うたごえ組織・都道府県別うたごえ組織・全国中心合唱団会議・中央合唱団・音楽センター、その他とする[13]。
- [1956年規約に同じ]
日本のうたごえ実行委員会に加盟していた組織(1967年11月時点)
(注:カッコ内は事務局の所在地)
地方別うたごえ運動組織
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産別うたごえ運動組織
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日本のうたごえ実行委員会の主なセンター合唱団(都道府県別、1967年11月時点)
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脚注
- ^ a b c d 日本政治経済研究所「日共・民青: 研究・調査・対策の手引」(東京、1968年) 499-504ページ「日本のうたごえ実行委員会」
- ^ 藤本洋「うたは闘いとともに-うたごえの歩み」(東京、1980年)49ページ
- ^ 音楽センター芸術局 編「日本のうたごえ年表」(「知性」1956年増刊号[東京、河出書房]) 54-55ページ
- ^ a b 「大きな紅ばら: 関鑑子追想集」(音楽センター、1981年)関鑑子略年譜
- ^ 「うたごえ新聞」1954年12月15日号 「うたごえ新聞」サイト (PDF)
- ^ 藤本洋「うたは闘いとともに-うたごえの歩み」68ページ
- ^ 藤本洋「うたは闘いとともに-うたごえの歩み」69ページ
- ^ 国立国会図書館サーチ「うたごえ新聞」
- ^ 「うたごえ新聞」1960年6月11日号
- ^ 国立国会図書館サーチ「季刊日本のうたごえ」
- ^ 「うたごえ新聞」1973年9月10日号
- ^ 藤原一郎「侵された文化: 中ソ・日共・外郭団体・サークル -その組織と戦術の解剖-」(東京、1957年) 102-103ページ
- ^ 文化団体連絡会議「’68 文化運動便覧」(東京、1968年) 287-289ページ